幼保小の接続は100年前も課題でした 倉橋惣三は「内的」と書いています
幼稚園と小学校をどうつなぐか。1926年の『幼稚園雑草』に、いまとほとんど同じ議論が載っています。「小学校の準備ではない」と言いたくなる気持ちも、実際にはつながっているという事実も。倉橋惣三が挙げたつなぎ方は2つで、彼が選んだのは「内的の結び付け」でした。
幼稚園や保育所と、小学校をどうつなぐか。いま盛んに言われている話です。
倉橋惣三の『幼稚園雑草』に「幼稚園と小學校との連絡」という章があります。1926年の文章ですが、議論の形がほとんど同じでした。
引用は漢字を新字体に改め、仮名遣いは原文のままにしています。
「準備ではない」と言いたくなる構図
まず、当時の関係がうまくいっていなかったことが書かれています。そこから何が起きるか。
従つて小学校の方からは幼稚園を責めると云ふやうなことになり易いのでありますが、其の結果として、幼稚園の方の人々は幼稚園の教育は小学校の教育に対して、直接の準備をして居るものでないといふ様なことを言つて見たりするのである。私共も時にはさういふ言葉を使ふ事もある。
小学校の側から評価される立場に置かれる。すると幼稚園の側は「うちは小学校の準備をしているのではない」と言いたくなる。その気持ちの出どころまで書いています。
言いたいことの中身も説明されています。
我々の幼稚園は今日あるがまゝの小学校教育法に這入るのに都合の宜い様に、誂へ向きに、注文に応じて仕度くして居る所ではないのである
小学校に合わせて仕立てているのではない、という意味だ、と。
それでも、つながっているのは事実だと書きます
そのうえで、倉橋は引き下がりません。
併し、何もそんな事を言ひ出す必要のない時、もつと平たく考へてゆきますなら、幼稚園の時期から小学校の時期に繋つて行くと言ふことは当然のことであり、又幼稚園を出た子供は悉く小学校に這入ると云ふことも、明瞭な事実でありますから、幼稚園の教育は小学校の教育に無関係、無頓着だといふことは、甚だ奇妙なことになるのです。
そして言い切ります。
矢張りあらゆる意味に於て幼稚園と云ふものは小学教育の基礎となり準備となると云ふことは極めて当然なことであります。
「準備ではない」と「準備である」を、同じ人が両方書いています。 前者は言いたくなる気持ちの説明で、後者が結論です。
問題の所在も、はっきり指摘しています。
然るに、往々議論が起るといふのは、詰り幼稚園と小学校の関係を余りに区別して居るといふ所から起つて来る結果でありませう。
実際問題として、子供の個人の発達から言つても、或は子供の教育全体から見通して云ひましても、幼稚園と小学校は決して離れて居るものでないのでありますが、併しそれを色々のことで離して居る為に、斯う云ふ風な問題が起つて来るに過ぎないのです。
(「幼稚園と小學校との連絡」428〜429ページ/原典のコマ229)
つなぎ方は2つある、と整理します
章はここから方法論に入ります。
そこで幼稚園と小学校とを離さないで結付けて行かうとするには二つの方法がありませう。
1つ目は制度の側です。
一つは教育行政の上から教育系統と云ふものを立て変へることであります。
幼稚園を小学校と同じ系統に完全に置くなら義務教育にするしかない、と踏み込みます。趣旨には賛成だとしたうえで、当時の実行可能性を検討し、教育費の問題などから難しいと判断します。
2つ目が、もう一方の道です。
それから一つは教育の方法に於て其関係を見出して行くと云ふことです。
そして、こちらを選びます。
残る所の問題は即ち教育の方法を、幼年教育の本質に於て、即ち外的の結び付けでなく、内的の結び付けをして行かうと云ふことになります。
(「幼稚園と小學校との連絡」430〜431ページ/原典のコマ230)
「幼稚園を義務教育に」も100年前の議論でした
1つ目の道(制度の側)について、倉橋はかなり踏み込んで検討しています。まず、制度で完全につなぐなら何が必要かを言い切ります。
幼稚園を小学校と同じ教育系統の中に完全に置かうとするには幼稚園を義務教育としなくちやならぬと云ふことになる。
自分の立場も明示します。
これは、よく主張する人もあり、私共も趣旨としては勿論賛成、賛成といふよりも進んで主張することですが、今日の実際問題としては、幼稚園を義務教育にすると云ふことは実行の点から困難があります。
そして、何が壁かを名指しします。
一つは国の教育経済の問題即ち教育費の問題であります。
当時の議論の文脈も書かれています。義務教育の年限をどちらに伸ばすか、という話です。
我国の目下問題になつて居る八年制論は、詰り六年の義務教育を上に延長するのである。
つまり、限られた財源をどちらに使うか。上(小学校の年限延長)か、下(幼稚園)かという配分の問題として扱われています。倉橋は幼稚園の義務教育化に賛成しつつ、当面はそこでは勝てないと見て、2つ目の道に話を移します。
100年後のいま、幼児教育は義務教育ではありませんが、大阪市や東京都のように保育料を無償にする自治体が出てきました。お金の壁の位置は動いていますが、壁そのものは同じ場所にあります。
(「幼稚園と小學校との結びつけ方」430ページ/原典のコマ230)
管理の線と、中身の線を分けて考えます
続く「八才まで一統系」という節で、これは実現できると言い切ります。
而してこの内的の結び付けが充分出来るものだといふことは、今日の亜米利加などの傾向に就て見れば、既に悉く是認されたと云つて宜いことです。
そのうえで、当時のアメリカの例を引きます。この一文が、内的の結び付けとは何かをいちばんよく示しています。
教育管理の上からは小学校と幼稚園とは分れて居りますけれども、併し其中の教育の内容に関しては、小学校の幼学年の一二年のクラスと云ふものは寧ろ幼稚園の方に附著して居るやうな、或は幼稚園が、此方に附著して居ると云つても宜いのでありますが、実際の上で幼学年は小学校から離れて幼稚園と一緒になつて居ると云ふやうな形をして居るのです。
制度上は分かれたままでよい、と言っています。そのうえで、小学校1・2年を幼稚園の側に寄せる。制度を一本化しなくても、中身の側だけを寄せることはできる、という組み立てです。
寄せる先も具体的です。
仕方から云ひましても先生の働き方の上から云ひましても
教え方と、教師の働き方。この2つを幼稚園の側に合わせる、という指し方になっています。
(「八才まで一統系」431〜432ページ/原典のコマ230〜231)
100年後の現場と、同じところを指しています
外的の結び付けと、内的の結び付け。 この区別が、この章のいちばん使えるところだと思います。
- 外的 … 行事、交流会、見学、申し送り。園と学校を外側からつなぐもの
- 内的 … 教育の中身そのものを、幼年期の本質からつないでいくもの
小1プロブレムの記事で、単発の交流会だけでは足りない、という話を書きました。倉橋は100年前に、同じ場所を指しています。 外側をつなぐことを否定してはいませんが、それだけでは足りないという順序になっています。
読むときの手がかり
この章は3つの節に分かれています。
| 節 | ページ | 原典 |
|---|---|---|
| 一 幼稚園と小學校との關係 | 428〜 | コマ229 |
| 二 幼稚園と小學校との結びつけ方 | 429〜 | コマ229 |
| 三 八才まで一統系 | 431〜 | コマ230 |
3つ目の「八才まで一統系」では、当時のアメリカで幼稚園と小学校低学年が一つの系統に置かれている例を引いています。コロンビア大学やシカゴ大学の附属、ドーナーグローブの学校などが出てきます。
いま「接続」と呼んでいるものを、当時は「連絡」と呼んでいました。言葉は変わりましたが、問いはほとんど動いていません。 交流の回数を増やすだけでは埋まらない、という感覚に覚えがあるなら、この章は読む価値があると思います。
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