幼稚園の「副次的任務」は家庭への貢献 いまは学校教育法に書いてあります
倉橋惣三は1926年の『幼稚園雑草』に「幼稚園の副次的任務」という章を書き、副題を「家庭教育に対する貢献」としました。子どもの保育が主な仕事で、家庭教育を支えるのはそれに付いてくる仕事だ、という二段の整理は、いまの学校教育法第24条とほとんど同じ形をしています。服や弁当のことで家庭に注文しすぎるなとも書いていました。一方で、家庭に「忠告」するという書き方は、いまの保育所保育指針とは違います。原典を国立国会図書館で読みました。
園だより、懇談会、送り迎えのときの立ち話。保護者と関わる仕事は毎日ありますが、子どもと過ごす時間とは別の、本業の外の仕事のように感じることもあると思います。
倉橋惣三は1926年の『幼稚園雑草』に、この仕事のための章を1つ書いています。題は「幼稚園の副次的任務」、副題は「家庭教育に対する貢献」。446ページから450ページまでの5ページです。
引用は漢字を新字体に改め、仮名遣いは原文のままにしています。引用のあとに原典のコマ番号を付けてあります。
主な仕事と、それに付いてくる仕事
章の書き出しはこうです。
幼稚園の任務が其の園児保育にあることは言を俟たない。幼稚園は之れが為に其の力を尽し、専心余念なかるべき筈である。
しかも、茲に、此の主要任務に必然に随伴して然るべき、また、此の主要任務の為に最も有利なる副次的任務がある。一般家庭教育の改善発達のために其の力の一面を用ゆることである。
(446ページ/原典のコマ238)
主な仕事は、園に来ている子どもの保育。副次的任務は、家庭での教育がよくなるように力を貸すこと。「副次的」といっても、主な仕事に「必然に随伴」するもので、主な仕事のためにも「最も有利」なものだ、という位置づけです。おまけではありません。
家庭教育を知らずに、幼稚園はできない
なぜ幼稚園がそれを引き受けるのか。倉橋は小学校以上の学校と比べて、幼稚園は家庭にずっと近いところにいる、と説明します。
即ち、学校教育学を知らずとも幼稚園教育は出来るかも知れない。しかし、家庭教育学を知らずして幼稚園教育は出来ないと言ひ得るのである。
換言すれば、学校教育は、家庭教育に無関係に、尚ほ多少の何物かを児童に与へ得ることもある。しかし、幼稚園教育は、家庭教育の協力なくして、殆ど何の教育をも期し得ないのである。
(448ページ/原典のコマ239)
家庭と組まなければ、幼稚園の教育はほとんど成り立たない。 家庭への貢献が「副次的」でありながら主な仕事から切り離せないのは、このためです。
何をするか、4つ挙げています
後半で倉橋は、具体的な手段を4つ挙げます。
- その年齢の子どもにふさわしい家庭生活の標準を研究し、行き過ぎや足りなさが大きい家庭には忠告する
- 服や弁当のことで、家庭の相談に応じられるようにしておく
- 玩具を選ぶことで、家庭に貢献する
- 研究の結果を、講演会や展覧会、ふだんの応接室を通して家庭に伝える
2つ目には、こんな断りがついています。
幼児の衣服、弁当等のことについて、余り幼稚園から家庭に注文する如きことは或る弊を伴ひ易いことかも知れないが、しかし是等の問題についても、家庭の相談に応じて十分教育的指導をなし得るだけの用意研究は出来て居なければならない。
(449ページ/原典のコマ239)
園のほうから家庭に注文しすぎると、弊害が出やすい。 倉橋が置いているのは、聞かれたら答えられるように準備しておく、という線です。4つ目の応接室についても、講演会のような催しより、ふだんから少しずつ伝えるほうが大切だと書いています。
而して、幼稚園の応接室は、善く選択せられ善く配列せられた表類や模範品類の準備をして、常に此の目的の為に世の親達を迎ふべきである。
(450ページ/原典のコマ240)
いまは、法律に書いてある
100年後のいま、この「副次的任務」は学校教育法に書かれています。第22条が幼稚園の目的で、第24条はこう続きます。
幼稚園においては、第二十二条に規定する目的を実現するための教育を行うほか、幼児期の教育に関する各般の問題につき、保護者及び地域住民その他の関係者からの相談に応じ、必要な情報の提供及び助言を行うなど、家庭及び地域における幼児期の教育の支援に努めるものとする。
目的のための教育を行う「ほか」に、家庭と地域の教育を支える。主な仕事と、それに付いてくる仕事という二段の形は、倉橋の整理とほとんど同じです。 幼稚園教育要領の第3章にも、相談に応じる、情報を提供する、保護者同士の交流の機会をつくるといった取組を挙げたうえで、「地域における幼児期の教育のセンターとしての役割を果たすよう努めるものとする」と書かれています。保育所にも、保育所保育指針の第4章に子育て支援の章があります。
子どもの側から見ると、家と園は別々の場所ではなく、一続きの一日です。要領の第1章にも、こう書かれています。
幼児の生活は,家庭を基盤として地域社会を通じて次第に広がりをもつものであることに留意し,家庭との連携を十分に図るなど,幼稚園における生活が家庭や地域社会と連続性を保ちつつ展開されるようにするものとする。
違うのは「忠告」のところ
一方で、いまと違うところもあります。1つ目の手段で、倉橋はこう書いていました。
甚だしく過不及ある家庭の為に適当なる方法を以て忠告し、又社会的に示教することも極めて必要であらう。
(449ページ/原典のコマ239)
園が家庭生活の標準を研究し、そこから外れた家庭に忠告する。園が教える側、家庭が教わる側という形です。
幼稚園教育要領にこの言い方はありませんが、保育所保育指針の第4章には、子育て支援の基本として、これとは違う姿勢が書かれています。
保護者に対する子育て支援を行う際には、各地域や家庭の実態等を踏まえるとともに、保護者の気持ちを受け止め、相互の信頼関係を基本に、保護者の自己決定を尊重すること。
標準に照らして正すのではなく、気持ちを受け止め、決めるのは保護者。 100年のあいだに変わったのは、家庭を支えるかどうかではなく、支え方のほうです。
ただ、倉橋自身も2つ目の手段では、注文しすぎることの弊害を書き、相談されたら応じられるように準備しておくことに重きを置いていました。そこはいまの考え方とつながっています。
明日、確かめられること
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