倉橋惣三は何を書いた人か 原典が国会図書館で読めます
研修や養成校で名前は出るのに、何を書いた人かはあまり語られません。1926年の『幼稚園雑草』を読むと、幼児教育の第一義は幼児生活の価値を知ること、と言い切っています。フレーベルへの率直な批評も、恩物という言葉への苦言も入っていました。原典は国立国会図書館で誰でも読めます。
研修でも養成校でも名前は出てきます。ただ、何を書いた人なのかは、あまり語られません。
本人の文章が読めます。1926年(大正15年)の『幼稚園雑草』が、国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。登録も料金も要りません。
以下の引用は、漢字を新字体に改め、仮名遣いは原文のままにしています。引用のあとに原典のコマ番号を付けてあるので、そのページを開いて確かめられます。
中心にあるのは、一行です
「幼兒敎育の第一義」という章が、こう始まります。
幼児教育の第一義は幼児生活の価値を知ることである。之れは幼児教育に限つたことではない。すべての教育は、其の被教育者の価値を知らなければならないが、幼弱なる幼児は愛護せらるゝことはあつても其価値を無視せられ易いから、幼児教育に於て特に此事をいふ必要がある。
かわいがられはするが、価値は見られない。そこを最初に置いています。続けて、熱心さや技術はそこから派生するものだ、と書きます。
幼児教育者の熱心も、研究も、巧妙も、熟達も、畢竟するに幼児生活の価値を知ることによつて生るゝことである。
そして、そこが抜けた場合についても、はっきり書いています。
吾人は幼児生活そのものゝ価値に無理解にして幼児教育の必要を説く議論、幼児生活そのものゝ価値を知らずして教育法の巧妙を誇る熟達…に遭遇する時、斯くの如き幼児教育が果して何をなし得るものなりやに就て疑ひなきを得ないのである。
(「幼兒敎育の第一義」310〜311ページ/原典のコマ169)
どこから学ぶか
「子供から學べよ」という章があります。書き出しがこうです。
幼児教育に多くの基礎的知識を必要とすることは、いふまでもない。しかし子供の心性を知るといふも、子供を如何に取扱ふべきかの方法を知るといふも、本や講義からのみ学び得ることではない。
このあと、フレーベルの評価に入ります。幼稚園を作った人を、こう位置づけます。
幼稚園教育の第一原理たる「自己活動」の原理論は、フレーベルの頭から織り出されたものでなく、天からくだり、地から湧き上つたものでもなく、又、古典から漁り得たものでも勿論ない。たゞよく子供から学んだのである。
此の意味に於て、フレーベルの師はシェリングでもなくペスタロッチでもなく 実に子供であるといふべきである。
モンテッソーリについても同じ見方をします。
しかしモンテツソリーの偉大なる処は、其の羅馬大学に於ける学問よりも、セガン其他の研究よりも、よく子供に学び、子供の教ふる通りを忠実に実行した処にある。
言い方を変えた一文が、いちばん彼らしいところです。
子供は先づ教育者に教へて、それで自分を教育させるのであるといつてよい。
(「子供から學べよ」316〜317ページ/原典のコマ172)
権威に対して、率直です
「恩物に就て」という章は、フレーベルの恩物(積み木などの遊具)を扱っています。いきなりこうです。
世の中に分り難い言葉も少くないが、恩物といふ言葉位分り難いのは多くない。…「はゝあ、殿様から御拝領にでもなりましたもので御座りますか」位の処が落ちである。斯ういふ六かしい言葉は出来ることなら使はない方がよいと思ふ。
そのうえで、恩物とは何かを説明します。
彼の所謂恩物なるものは、要するに幼児用の玩具である。…之れ等のものは決して必ずしもフレーベル先生によつて、発明せられたものではない。其の以前から何処にでもあつたものである。
毬や板や棒切れは、ギリシャにもエジプトにもあっただろう、と続きます。では恩物の何が特別なのか。
所謂恩物の恩物たる処は、理論にあつて、物にあるのではない
フレーベル本人への評も書いています。
先生には物を六かしく考へ過ぎる論理癖があつた。総てのものに奥の意味を附けようとする象徴癖があつた。
そして章の結論が、この2行です。
玩具は玩具でよろしいではないか。
恩物としてならば批難する。玩具としては賛成する。 之れが明白なる余の論なのである。
(「恩物に就て」225〜229ページ/原典のコマ125〜127)
積み木を否定しているのではありません。物に理屈を着せて、その理屈を子どもに押しつけることを批判しています。 同じ章で「積木遊び、板ならべ遊び、紐遊び」を「皆幼児に面白い、いゝ遊びである」とも書いています。
遊ばせているだけでは足りない、とも書いています
「幼稚園敎育の積極性」という章があります。まず、子どもの自然な育ちを妨げないという考え方に、敬意を示します。
吾人は、此の種の考へ、即ち、教育の消極的態度の中に、ある大きな真理の一面が含まれて居ることを見る。…かくて、吾人は、今も、否、何時迄も、深き尊敬と沈潜の心を以てルソーを読む。
そのうえで、こう続けます。
しかし、消極的教育はそれだけで教育の完き姿ではない。
幼稚園は、たゞ子供を遊ばせる処でなくして、教育をする処である。 幼稚園教育者は、たゞ子供の無害の相手たるに止らずして、教育をする者である。
当時の現場の声も、そのまま引いています。
或るものは云ふ。間違ひのない様に、あたらずさはらず打ち捨てゝおきます。
いまの幼稚園教育要領解説にも、同じ趣旨の一文があります。「幼児をただ遊ばせている」だけでは教育は成り立たない、というものです。100年の間隔をあけて、同じことが書かれていることになります。
(「幼稚園敎育の積極性」320〜321ページ/原典のコマ174)
言葉に対して厳しい人でした
ここまで並べると、一貫しているのが分かります。難しい言葉で権威をつくることを、繰り返し嫌っています。
恩物という訳語も、フレーベルの象徴癖も、その線で批判されています。100年前の文章ですが、用語が先に広まって中身が追いつかないという構図は、いまも珍しくありません。
原典の開き方
『幼稚園雑草』は全504ページ、78の章が入っています。この記事で引いたのはここです。
| 章 | ページ | 原典 |
|---|---|---|
| 恩物に就て | 225〜 | コマ125 |
| 幼兒敎育の第一義 | 310〜 | コマ169 |
| 子供から學べよ | 316〜 | コマ172 |
| 幼稚園敎育の積極性 | 320〜 | コマ174 |
読むときの注意が2つあります。
- 旧字・旧仮名です。 送り仮名も今と違い、「最大切なること」で「もっとも大切なること」と読ませます。慣れるまでは読みにくいですが、内容は平易で、講義録ではなく随筆に近い文章です
- 目次には「森の幼稚園」「夏子」といった創作も入っています。全部が論説ではありません
もう1冊、『幼稚園保育法真諦』(1934年)も公開されています。こちらは著作権法67条にもとづく文化庁長官の裁定による公開で、『幼稚園雑草』(保護期間満了)とは扱いが違います。引用するときは、そこを混ぜないほうがいいと思います。
名前だけ知っている状態から、本人が書いた一行を1つ持っている状態に変わると、研修で名前が出たときの聞こえ方が変わります。どれか1章だけでも開いてみる価値はあります。
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