保育の歴史

フレーベルが学んだのは植物学でした 倉橋惣三が書いた評伝を読みました

幼稚園を作った人、という説明はよく見ます。では、どんな人だったのか。

倉橋惣三が1926年に、フレーベルの評伝を書いています。『幼稚園雑草』の中の「フレーベル傳雜感」という章です。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されているので、誰でも読めます。

引用は漢字を新字体に改め、仮名遣いは原文のままにしています。引用のあとに原典のコマ番号を付けてあります。

送り仮名も今とは違います。たとえば「最大切なること」は「もっとも大切なること」で、「最」だけで「もっとも」と読ませています。

一行で答えるなら

倉橋は、その問いに自分で答えを出しています。

若しフレーベルは如何なる人であつたかといふ問に対して、最も直截に最適切なる答を与へんとすれば、フレーベルは「発達」の真意義に最強く憧憬した人であると言つてもよい位である。

「発達」という言葉に、いまの私たちが思うより強い意味が乗っています。

学んだのは植物学と鉱物学でした

意外に感じるところがここです。

フレーベルは、人間の趣味傾向の最も強く教養せらるべき少年期青年期を通じて、将来教育者となるやうに教えられたことは一度もなかつたのである。彼の学んだことは植物学であつた。鉱物学であつた。土地測量の術であつた。その相手とする処は樹木であつた。鉱石であつた。

15歳で就いた仕事も森の中でした。

十五歳の時、始めて従事した職業が森林内の林業事務であつたこと、引つゞいて種々に転じた職業が多く戸外的業務であつたこととは、フレーベルの自然詩人的特色を深くするに大関係のあつたことである。

倉橋は「発達」の理解の出どころも、そこに見ています。

フレーベルの此の「発達」に対する理解が植物発達より導かれたことも人の知る処である。——此の天才が植物の萌芽を見ること稀なる都会児童でなかつたことは、人類の非常なる幸であつた。

(「フレーベル傳雜感」343〜347ページ/原典のコマ185〜187)

生まれた土地から説き起こします

倉橋の書き方で目を引くのが、思想を土地と結びつけるところです。

フレーベルがツーリンギヤの森林地方の生れなることが、既に意味深いことである。彼の思想は岩石嶬峨たる高山地帯の態を帯ぶるものではない。また天空快濶たゞ明るく打ち開けたる海岸地方の香を帯ぶるものでもない。実に森林的である。

そして、そこから学説の性質を導きます。

従つてその教育説も亦、実際的といふよりも哲学的に、科学的といふよりも詩的である。此両面はフレーベルの教育説を研究するものゝ、看過すべからざる点である。

幼い頃の不幸が、学説の長所と短所の両方をつくった

生い立ちについては、かなり踏み込んで書いています。

フレーベルが生後九ケ月にして母に逝かれ、四歳までいぢらしい片親児であつたこと、四歳の時よそから来られた第二の母との親愛が長く続かないで、こんな幼い年頃から淋しい孤独の生活に慣れざるを得なかつたことは…気の毒なことである。

そのうえで、影響を2つに分けます。1つ目が長所の側です。

幼児期の教育の最大切なること、殊に幼きものに幸なる喜びの侶を与へなければならぬといふことを、己が幼時にひきくらべて殊に切実に泌々とフレーベルに感じさせたことである。此の点からは、彼の自身の不幸が後の幼児の幸福になつたとも言へよう。

2つ目が短所の側です。

幼時からの孤独習慣が、其の一生の性となつて、冥想沈思の癖が聊か度を過ぎるまでになつたことである。フレーベルの教育説が甚だ哲学的なることは、前にも述べたが、彼の学説の中の、惜むべき理論詰めの缺点及び象徴の弊とは、彼れ自らがその自伝の中に告白せる通り、幼時の孤独癖が大に与つて影響して居るのである。

同じ生い立ちが、両方を生んだという見方です。倉橋は、父や母への「なぜ」も書き並べたあと、こう結びます。

要するに幼きフレーベルが、其の子供らしさを自らもつと充分に味ひ楽しみ得なかつたことは、彼の為には勿論、後世の為に少なからぬ損害であつたのである。

なぜ、ここまで書けるのか

倉橋には、古いものへの向き合い方の型があります。別の章に、そのまま書かれています。

古いものは何んでも貴いものである。一途に尊重、尊敬すべきものであつて、これを非難する如きは勿論、批評を試むるさへも神楽を穢すといふやうな態度が其の一であります。

次に古いものは何もかも時代後れのもので、今日の新しい時代にあつては、総て無用のものである。そんなものは頭から打ち毀そうといふのが、第二の態度であります。

それから、総ての古いものを…慎重なる研究によつて、詳細なる批評を加へると共に、益々其の真価値を尊重しやうといふのが第三の態度であります。

倉橋が取るのは3つ目です。だから称えることと批判することが、同じ文章の中に並びます。 恩物について「恩物としてならば批難する。玩具としては賛成する」と書けるのも、この立ち方から来ています。

(「フレーベル主義新釋」419ページ〜/原典のコマ224)

読むときの手がかり

『幼稚園雑草』の中で、フレーベルを扱っている章はこれだけあります。

章ページ原典
フレーベル傳雜感343〜コマ185
フレーベルと婦人355〜コマ191
ブロー女史を憶ふにつけて363〜コマ195
フレーベルの日に371〜コマ199
フレーベル主義新釋419〜コマ224

評伝の書き出しに、倉橋がなぜ生涯を読むのかを書いています。

思想と事業とは仮令ば生涯の布地の上に刺繍せられたる模様にも似たものである。その錦糸絹糸の色彩も地布あつての花模様である。

学説だけを抜き書きしても本当のところは掴めない、という考え方です。フレーベルを森と結びつけ、孤独と結びつけて書いたのは、この立場からでした。

名前と「恩物」だけ知っている状態から、森の中で育った人だと知っている状態に変わると、積み木の見え方も少し変わります。

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