制度のきほん

「自由保育って放任では?」と思ったら 一斉保育の引き出しは使えます

一斉保育の幼稚園から、自由保育の園に移ってきた。朝から子どもたちは好きな遊びをしていて、先生が前に立って何かを始める時間がない。手が空いているように見えて、何をすればいいのか分からない。

そして、口には出さなくても思っている。これって、放任じゃないの?

「自由保育」という言葉に、決まった中身はありません

保育者養成に長く携わってきた高山静子さん(2025年3月まで東洋大学教授)は、ブログで、保育が「一斉保育か自由保育か」の二つに分けて語られがちなことを取り上げています。そのうえで、それぞれの名前で呼ばれてきた園を、こう説明しています。

「一斉保育」と呼ばれる園は、保育者が望ましいと考える活動をさせる一斉活動中心の園。「自由保育」と呼ばれる園は、ブロックとままごとなどの意図のない環境で自由に遊ばせる園。

これは高山さんが「自由保育とはこういうものだ」と決めている文ではありません。そう呼ばれてきた園の典型を挙げたうえで、どちらとも違う「環境を通した保育」へ、平成元年から移ってきたと続けています。保育者が意図をもって環境を選び、整える保育です。

ただ、高山さんはこうも書いています。

子どもの主体的な活動を中心としているけれども環境構成を行っていない自由保育の園もまだ多いと思います。

つまり、同じ「自由保育」と呼ばれる園でも、環境を整えている園と、そうでない園があるということです。環境がないまま遊ばせているなら、「放任じゃないの?」という違和感は当たっています。

別の記事では、はっきりこう書いています。

遊びを中心にした保育は、放任でも、託児でもありません。保育者の意図やねらいがあり、環境の構成があることで成り立つ教育方法です。

分かれ目は、保育室に何が置いてあるかです。放任に見えるか、教育になるかは、子どもが来る前の準備でほとんど決まります。

一斉保育の引き出しは、捨てなくていい

では、何を置けばいいのか。高山さんの答えは、一斉保育をやってきた人にとって意外なものです。

むしろ昭和の時代に行っていた「一斉活動」を常時保育室に環境として準備すると考えてはどうでしょうか。

一斉保育で持っていた引き出しが、そのまま材料になるということです。

  • 一斉でやっていた製作 → その材料と見本を、棚に出しておく
  • みんなで読んでいた絵本 → 手に取れる場所に、表紙を向けて置いておく
  • 手遊びやわらべうた → 集まってきた子とだけ、始めてみる
  • 季節の行事の準備 → 道具と場所を用意して、やりたい子から始められるようにする

違うのは、全員に同時にさせないことだけです。やりたい子が、やりたいときに手に取れるようにしておく。

前の日の帰りに、10分だけ

では、何を出すかはどう決めるのか。文部科学省の指導資料『指導計画の作成と保育の展開』の実践事例に、手がかりがあります。

ある先生のクラスで、4月の初め、女の子が桜の花びらで作ったネックレスを先生にプレゼントしてくれました。先生はそれを帰りの会でみんなに紹介し、翌日を楽しみに待つことにした。次の日、別の子が花びらで絵本を作ってきて、それがクラスに広がっていきます。その日、先生は「登園した幼児から取り組めるように、保育室に画用紙などを用意して」いました。

別の事例では、子どもが捕まえてきた生き物を保育室の棚に並べたあと、「保育室に虫眼鏡を準備しておくと、それを使って見るようにもなっていきます」と書かれています。

やっていることは単純です。

  1. 帰る前に、今日いちばん続いた遊びを1つだけ思い出す。誰が、何を使って、どこで止まっていたか
  2. その続きができそうな物を、1つだけ考える。画用紙、虫眼鏡、段ボール、セロハンテープ
  3. 翌朝、子どもが来る前に、それを目につく場所に出しておく

一斉保育では「明日、何をさせるか」を考えていました。自由保育では「明日、何を置いておくか」を考えます。 仕事がなくなったのではなく、子どもが来る前に移っているのです。

置いたら、見る

出した物を子どもが使ったら、そのあとどうなったかを見ます。使われなかったら、それも見ます。

同じ指導資料は、先生の記録の良い例として、「自分の用意した環境が見向きもされずに失望したりすることもある」と率直に書かれた記録を挙げています。外れるのは、当たり前のことです。

一斉保育から切り替えはじめた先生からよく受ける質問に、高山さんはこう答えています。

環境づくりは100点満点中30点で十分です。

保育中に手が空いたと感じたら、それは見る時間です。いま誰がどこで何をしているか、昨日置いた物がどう使われているか。それを見ておくことが、明日の準備になります。保育中の役割については、前の記事で5つに分けて書きました。

生活の流れは、決まっていていい

遊びを中心にした幼稚園でも、登園して身支度をする、片づける、お弁当を食べる、降園する、といった一日の流れは、たいてい毎日同じです。「全部が自由」ではありません。

保育所向けの資料ですが、保育所保育指針解説は、「生活の見通しがもちやすいように環境を整え」ることを、子どもが自分から動けるようにする援助の1つに挙げています。毎日同じ流れがあると、子どもは言われなくても次に何をするか分かるようになる。それは子どもにとって安心です。

ただ、ここにはもう1つの問いがあります。流れに沿って動けていることと、子どもが自分で選んでいることは、同じなのか。

見分け方は、流れから外れた子がいたときに分かります。片づけの時間になってもまだ遊びたい子、みんなと同じ速さでお弁当を食べられない子を、待ったり、続きを残しておけるようにしたりできるなら、流れは子どもの支えになっています。外れた子を流れに戻すことが先生の仕事になっているなら、指示が見えなくなっただけかもしれません。

一斉に集めても、いい

最後に1つ。自由保育の園だからといって、子どもを集めてはいけないわけではありません。

さきほどの桜の事例でも、先生は帰りの会でネックレスをみんなに紹介しています。それが翌日の遊びのきっかけになりました。高山さんも、子どもは「自発的な活動の中でも学び、大人の指導からも学びます」と書いています。

一斉保育でやってきた、前に立って話す、見せる、紹介する。それも使えます。使う場面が変わるだけです。

明日の朝、これだけやってみる

  1. 帰る前に、今日いちばん続いていた遊びを1つ思い出す
  2. その続きに使えそうな物を1つ、明日の朝、子どもが来る前に出しておく
  3. 一斉保育で使っていた絵本か製作を1つ、子どもが手に取れる場所に置いてみる
  4. 使われなくても気にしない。30点で十分です
  5. 手が空いたと感じたら、昨日置いた物がどう使われているかを見に行く

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