制度のきほん

非認知能力は伸ばせる? やり方しだいで逆効果にもなります

前の記事では、「非認知能力」という言葉のほうを調べました。国はほとんど使っていないこと、おとなしいことは低い状態ではないこと。

今回は、その続きです。「伸ばす」のほうを調べました。

どちらも、同じ一つの資料に書かれています。国立教育政策研究所が平成29年に出した、283ページの報告書です。

国立教育政策研究所は国の研究機関で、日本のPISA(15歳を対象にした国際調査)を実施しているのもここです。教育の分野で国が持っている研究の本体、と思ってもらえればいいと思います。

読んでみたら、思っていたより慎重で、しかも現場で使える話でした。

「関係がある」と「伸ばせば効く」は、別の話です

まずここでした。

非認知能力の研究でよく紹介されるのは、「自制心が高い子はその後こうなった」という形の結果です。これは関係があるということを示しています。

ただ、報告書はこう書いています。

そうした相関関係が認められるということと、そうした心の性質を種々の教育的営為の中で増進させる試みを重ねていけば、やがて、人の種々の適応性や学力・仕事上のパフォーマンス等を確実に高め得るのだということとは基本的に全く別次元の話である

言い換えると、こういうことです。

  • 分かっていること … 自制心が高い子は、その後うまくいっていることが多い
  • 分かっていないこと … 自制心を伸ばす取り組みをすれば、その後うまくいくようになる

前者から後者は出てきません。 「別次元の話」と書かれています。

根拠は、思ったより控えめです

では取り組みの効果はどうなのか。報告書は、かなり冷めた書き方をしています。

冷ややかな見方をすれば、現時点では、不遇な環境下に置かれた子供に対して、特に「非認知」的側面に焦点化した補償的な介入をすれば、ある程度は効果が見込めそうだということを示す研究知見、それもかなり控えめな根拠が得られているに過ぎない

ここ、2つ大事なところがあります。

  1. 「かなり控えめな根拠」 … 国の研究機関の書き方としては、相当はっきりした言い方です
  2. 「不遇な環境下に置かれた子供」に対する「補償的な介入」 … 誰を対象にした研究なのか

2つ目が特に大きいと思います。しんどい環境にいる子を支えると効果があった、という研究です。すべての子どもに一律に取り組めば全員が伸びる、という話ではありません。

報告書は、心を3つの層に分けています

ここからが実用的です。報告書は、「非認知」と呼ばれるものを変わりやすさで3層に分けています。

層中身変えられるか
表層あいさつ、マナー、決まりごとの知識短期間で身につくが、効果が続きにくい
中層自信、自分を抑える力、思いやり、立ち直る力ここが対象
深層気質、性格、人への基本的な信頼感変えにくい

表層は、教えればすぐできるようになります。ただ報告書は、社会的スキルの訓練についてこう書いています。

効果が認められても、それがある領域限定に留まりやすいこと、また持続性があまり見込めないということ

その場面ではできるけれど、他の場面には広がらない。 練習した挨拶が、練習した相手にしか出ない、というような話です。

深層は、気質や性格です。ここは変えにくいとされています。理由と、それが現場に何を意味するかは次の節で書きます。

だから、教育で扱うなら中層だ、というのが報告書の整理です。

そもそも「外向的にする」が目標ではありません

ここがこの記事でいちばん書きたかったところです。

「非認知能力を伸ばす」と言われると、明るくて、積極的で、みんなと関われる方向に近づけるという話に聞こえます。だとすると、おとなしい子は「まだ足りない子」ということになってしまいます。

報告書は、そうは書いていません。 そもそもこの手のものは、

「高ければ高いほうがよい」といった一義的な価値を論じることがなじみにくい

と書かれています。前の記事で引いたとおり、内向的なほうが望ましい場合があるとまで書かれている資料です。

おとなしいままで構いません。 直す対象ではありません。

「外向的にする働きかけ」は、報告書が検討して退けています

しかもこれ、報告書が実際に検討しています。

外向的な人ほど収入や昇進で有利だ、という研究があります。だとしたら、そこを早くから育てておけばいいのではないか。報告書もいったんそう置きます。

勤勉性や外向性等の増進に向けた教育的働きかけを、例えば将来的な経済的安定性の具現に向けて、早くから始めるということも、原理的には無論、可能なのだろう

「原理的には可能」。 ただし、と続きます。気質や性格には生まれつきの要因が深く関わっていて、変えられる度合いは年齢とともに減っていく。そのため、

極めて高コストであり、またその割には、そう大きな変化が見込めない

外向的にする働きかけは、割に合わない。 これが報告書の結論です。

つまり「おとなしいままでいいのか」という問いに対して、報告書の答えは2段構えになっています。

  • そもそも、外向的なほうが良いとは言えない(内向的なほうが望ましい場合がある)
  • 仮に良いとしても、そこを変えようとするのは現実的でない(高コストで効果が見込めない)

どちらから見ても、おとなしい子を外向的にする働きかけは支持されていません。

しかも、逆効果になることがあります

もう一つ、別の失敗のしかたが書かれています。その子の気質を無視して、良いとされるものを一律に伸ばそうとする場合です。

例に出ているのは、意外なものでした。「感情をコントロールする力」です。これは誰にとっても良いものだと思われがちですが、引っ込み思案の子に強く働きかけると、

いたずらにその性質を高めようとすることは、その抑制傾向をかえって助長してしまう危険性がある

もともと抑えがちな子に「抑える力」を伸ばすと、もっと抑え込んでしまう。 その子に必要なのは逆だと書かれています。

むしろ感情抑制よりは感情表出を積極的に増進させるような働きかけや、感情制御にしても感情全般に対してではなく、特に恐れや不安への対処を促すような働きかけがより有効

ここも読み違えたくないところです。外向的にしよう、という話ではありません。 助ける相手は社交性ではなく、恐れや不安のほうです。おとなしいこと自体は困りごとではなく、不安で動けないときだけ手を貸す、ということになります。

同じ「非認知能力を伸ばす」でも、その子によって中身が正反対になります。 一律のプログラムがいちばん噛み合わない部分だと思います。

「自尊心を上げる」取り組みは、大半が失敗しています

もう一つ、知っておいていい話があります。

自尊心(自分を大事に思う気持ち)を高めれば子どもは伸びる、という考え方は、かつて欧米でかなり大きく広がりました。その結果がこう書かれています。

現在では、その試みの大半が期待された効果をもたらさなかったと総括されている

ただし、これには続きがあります。自尊心が大事ではない、という話ではありません。

何ら根拠が伴わない形でいたずらに自尊心を高めてもあまり有効ではない

つまり、中身のない褒め方が効かないということです。では何が効くのか。

自身が学習に真摯に取り組んだ結果、成績の向上が現に認められたというような当事者としての成功経験にしかと結びついた形で、それに見合った自尊心の引き上げが適切に図られる場合には、その試みが有効に機能する可能性が高い

本人が実際にやってできた、という経験とセットになっているかどうか。 ここが分かれ目です。

「すごいね」「えらいね」を増やすことではなく、できた場面をその子と一緒に確かめること、と読めます。

効くのは、その場でのやりとりでした

報告書は、働きかけ方を2つに分けています。

  • その場でないやり方 … 落ち着いている時間に、こういう時はこうしようと教える
  • その場でのやり方 … まさにその出来事の最中か、その直後に働きかける

そして、後者のほうが有効な可能性が高いとしています。理由も書かれています。

感情制御の必要性や有効性は、自身が感情にまつわり、何らかのトラブルやストレスを経験した場合にこそ、強く感じられるものであり、まさにそのタイミングこそが方略を身につけさせる絶好の契機

取り合いになった、その場。 泣いてしまった、その直後。そこで関わることが、いちばん効く。

これは保育がもともとやっていることだと思います。特別な時間を作って教えるのではなく、生活と遊びの中で、起きたことに応じて関わる。報告書の言う有効なやり方は、そちらでした。

報告書の結論は、プログラムではありませんでした

この報告書の、第1章の締めくくりが何だったか。

アタッチメント(愛着)です。

恐い時や不安な時に、特定の大人に確実に守ってもらえる。その積み重ねで、子どもは「他の人は自分を受け入れてくれる」「自分は助けてもらえる」という感覚を持つようになる。報告書は、これを「非認知」の絶対的基盤と位置づけています。

そして、こう書かれています。

子供と例えば保育者や教師などの家庭外の大人との関係性が、その修復に対して、今まで理論的に想定されていた以上に、時に重要な役割を果たし得ることが示唆され始めている

保育者が名指しされています。 家庭でうまくいかなかった部分を、園での関係が支え得る。しかも「想定されていた以上に」と書かれています。

保育所保育指針の解説にも、ほぼ同じことが書かれています。

乳児期において、子どもは身近にいる特定の保育士等による愛情豊かで受容的・応答的な関わりを通して、相手との間に愛着関係を形成し、これを拠りどころとして、人に対する基本的信頼感を培っていく

自信についても、こうです。

自分の存在を無条件に認めてもらえる、またうまくいかない場合も支えてもらえるといった安心できる関係の中でこそ、子どもは自己を十分に発揮し、自信を育むことができる

「無条件に」「うまくいかない場合も」。 何かができたから認める、ではありません。

さっきと逆のことを言っているようですが

上で「中身のない持ち上げは効かない」と書きました。ここでは「無条件に認める」と書いています。逆に見えますが、指しているものが違います。

  • 無条件なのは、受け入れるほう … あなたはここにいていい。うまくいかなくても支える
  • 条件がつくのは、評価のほう … 「できたね」は、実際にできた場面とセットでないと効かない

居場所は無条件に。評価は事実とセットで。 ここを混ぜて「すごいね」を増やすと、受け入れているつもりが評価になり、しかもその評価は中身がないので効かない、という一番まずい形になります。

明日、できること

長くなったので、3つに絞ります。

  1. 「非認知能力を伸ばす」と言われたら、誰にとっての何かを考える。 おとなしい子と、勢いのある子では、必要な関わりが正反対になります
  2. 褒めるときは、できた場面とセットにする。 中身のない持ち上げは効かない、と研究の総括に書かれています
  3. 特別な時間を作らなくていい。 取り合いになったその場、泣いたその直後。そこが「絶好の契機」だと書かれています

伸ばせないという話ではありません。 ただ、報告書を読む限り、効くのはその子に合わせた、その場でのやりとりであって、全員に同じことをする取り組みではなさそうです。

そして最後に置かれていたのが、プログラムではなく関係でした。保育がずっとやってきたことが、いちばん効くところに置かれています。

「非認知能力」という言葉そのものの話は、こちらに書きました。

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