制度のきほん( 更新)

「これって不適切な保育?」 その言葉、国は使うのをやめました

帰りの電車や、寝る前の布団の中で、今日の自分のひと言を思い出すことがあると思います。

強く言ってしまった。ため息が出てしまった。あれは不適切な保育だったんじゃないか。

そう思って検索すると、たいてい「虐待」「不適切な保育」「望ましくないかかわり」を三段階に分けた図が出てきます。ただ、その前提はもう変わっています。

国のガイドラインが改訂されて、「不適切な保育」という区分そのものを使わなくなりました。 原文を読んだので、順に書きます。

「不適切な保育」という枠は、無くなりました

こども家庭庁と文部科学省が出している「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」が、令和7年8月に改訂され、令和8年4月にも一部改訂されています。

そこにこう書かれています。

本ガイドラインにおいては、「不適切な保育」や「こどもの人権擁護の観点から望ましくないと考えられるかかわり」という概念は用いず、「虐待」の概念を軸に講ずるべき対応等を再整理することとする

言葉が消えたわけではなく、国が使うのをやめたということです。

以前は「虐待」の外側に「不適切な保育」があり、さらにその外側に「望ましくないかかわり」がある、という三重の整理でした。研修で図を見たことがある方もいると思います。その図は、もう国の資料には出てきません。

理由が、いちばん大事なところです

なぜやめたのか。ここが現場にとって意味があります。

日々保育の現場において行われる行為は、仮にその1つ1つが虐待には該当しないものであったとしても、日々の振り返りの中で改善が図られなければ、そうした行為の繰り返し等によって虐待になり得るものである、すなわち、日々の行為の延長に虐待があると解するべきである

「日々の行為の延長に虐待がある」。

線を引いて「ここまではセーフ、ここからアウト」と分けると、セーフの側は放っておいていいことになってしまう。でも実際は、そこが積み重なって虐待になる。だから線を引くのをやめた、という理屈です。

誤解のないように、ガイドラインは念を押しています。

この再整理は、「虐待」に該当しないものについて、未然防止や改善の取組を要しないことを意味するものではない

線が消えたのは、ゆるくなったからではありません。 むしろ逆です。

では、何が「虐待」なのか

改正された児童福祉法で、4つの類型が定められています。ガイドラインには具体例が並んでいます。

身体的虐待と性的虐待は、読めばはっきり分かるものが並んでいます。問題は残り2つです。

ネグレクト

  • 泣き続けるこどもに長時間関わらず放置する
  • 視線を合わせ、声をかけ、抱き上げるなどのコミュニケーションをとらず保育を行う
  • おむつを替えない、汚れている服を替えないなど長時間ひどく不潔なままにする
  • 別室などに閉じ込める、部屋の外に締め出す
  • 他の職員等がこどもに対し不適切な指導を行っている状況を放置する

最後の項目に気づいたでしょうか。見て見ぬふりも、ネグレクトの例に入っています。

心理的虐待

  • 感情のままに、大声で指示したり、叱責したりする
  • こどもの心を傷つけることを繰り返し言うなど(例えば、日常的にからかう、「バカ」「あほ」など侮蔑的なことを言う、こどもの失敗を執拗に責めるなど)
  • こどもの自尊心を傷つけるような言動を行うなど(例えば、食べこぼしなどを嘲笑する、「どうしてこんなことができないの」などと言う、こどもの大切にしているものを乱暴に扱う、壊す、捨てるなど)
  • こどもを無視したり、拒否的な態度を示したりする
  • 他のこどもとは著しく差別的な扱いをする

「どうしてこんなことができないの」が、名指しで例に入っています。

読んで、心当たりに息が詰まった方もいると思います。そのために書いています。 ただ、ここで終わりではありません。

「一つ一つを定義することはできない」とも書いてあります

具体例の並びだけ見ると、線引きが厳しくなったように読めます。でもガイドラインには、こういうコラムがあります。

保育には様々なシーンが存在し、また、その中でのこどもへの接し方はこどもの個性や状況に応じて柔軟に行われるものである。その一つ一つの行為を、何が適切で何が不適切なのか定義することはできず、保育士・保育教諭一人ひとりが、状況に応じた判断を行う必要がある

チェックリストで機械的に判定するものではない、と国自身が書いています。具体例のところにも、こう添えられています。

これらはあくまで例であり、また、明らかに虐待と判断できるものばかりでなく、個別の行為等について考えたとき、虐待であるかどうかの判断しづらい場合もある

判断のしかたも書かれています。

保育所等に通うこどもの状況、保育所等の職員の状況等から総合的に判断すべきだが、その際にも、当該こどもの立場に立って判断すべきことに特に留意する必要がある

一度きつく言ってしまった、で虐待認定されるわけではありません。 ただ、それが日常になっていないかは、別の話です。

「壁ぺったん」も言えなくなるのか

「壁ぺったん」「お口チャック」のような、昔からある声かけまで使われなくなっている。そんな話を聞いたことがあるかもしれません。

その萎縮は、国も気にしていました。ガイドラインは、作られた経緯のところで、保育の現場について次のことを懸念として挙げています。

少しでも気になる行為が直ちに虐待等とみなされることへの懸念から、日々の保育実践において過度に萎縮してしまうこと

では、どう判断するのか。ガイドラインは、まず行為そのものが虐待にあたるかを見ます。「殴る」「蹴る」「叩く」「逆さ吊りにする」「ご飯を押し込む」は、強さや回数に関係なく虐待です。それだけで決まらないものは、「行為の強度・頻度」「保育士・保育教諭等の意図」「こどもの状況・こどもへの影響」を合わせて考えます。例も書かれています。

たとえば、こどもを静かに叱るという行為自体は、虐待には該当しないが、同じこどもを不必要に何度も、あるいは長時間に渡り叱るような場合は、虐待に該当する可能性がある。

「叩く」には、こんな補足もあります。

一方で、たとえばコミュニケーションの一環で頭にポンポンと手をのせることは、虐待には該当しない可能性が高い

ガイドラインに「壁ぺったん」や「お口チャック」という言葉は出てきません。手がかりとして書かれているのは、どのくらいの強さで、どのくらいの頻度で、特定の子に繰り返していないか、その子にどう影響しているか、です。ガイドラインはこの指標を、自治体が判断するときだけでなく、園で「振り返りを行う際」にも使うことを想定しています。

令和7年10月から、通報が義務になりました

ここは知らない方が多いと思います。

児童福祉法が改正され、令和7年10月1日から、保育所等の職員による虐待について通報の仕組みができました。

虐待を受けたと思われるこどもを発見した者は、速やかに、これを都道府県又は市町村に通報しなければならない

「しなければならない」。義務です。 そして対象は保育所だけではありません。ガイドラインは「一時預かり事業、病児保育事業、乳児等通園支援事業及び幼稚園等」も対象だと書いています。乳児等通園支援事業というのは、こども誰でも通園制度の法律上の名前です。

まず園の中で相談するのが基本ですが、園が動かない場合のことも書かれています。

保育所等が組織として適切な対応を行わない場合、虐待と疑われる事案の発見者は一人で抱え込まずに速やかに市町村や都道府県に設置されている相談窓口や担当部署に相談することが重要である

では、園の中で話し合って改善し、解決した場合はどうか。こども家庭庁のQ&Aは、それでも通報の義務は残るとしています。

児童福祉法第33条の12第1項の規定により、虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに自治体へ通報する義務があります。

同じQ&Aには、通報が匿名でもよいことを伝えるよう、自治体向けに書かれた回答もあります。

通報しても、不利益な扱いは受けません

いちばん怖いのはここだと思います。言ったら自分の立場がどうなるのか。

法律に書いてあります。

改正児童福祉法第33条の12第6項においても、虐待を通報した職員は、通報をしたことを理由に解雇その他不利益な取扱いを受けないことが規定されており、保育士が虐待と疑われる事案を発見した場合には、速やかに自治体に通報いただきたい

守られるのは解雇だけではありません。ガイドラインの注に、公益通報者保護法の保護範囲が挙げられています。

①解雇の無効、②その他不利益な取扱い(降格、減給、訓告、自宅待機命令、給与上の差別、退職の強要、専ら雑務に従事させること、退職金の減給・没収等)の禁止

さらに3つ。

  • 守秘義務違反になりません。 通報が守秘義務違反に当たらないことが法律に明記されています(児童福祉法第33条の12第5項)
  • 誰が通報したかは伏せられます。 自治体の職員は、通報した人を特定させる情報を漏らしてはならないと定められています(第33条の13)
  • 損害賠償請求も否定されています。 園から通報者への賠償請求は「法の趣旨に沿うものではない」と書かれています

ただし条件があります。保護の対象から「虚偽であるもの及び過失によるもの」は除かれます。「過失によるもの」は「一般人であれば虐待があったと考えることには合理性がない場合」と説明されています。思い込みや嫌がらせでの通報は守られない、という意味です。

罰するための制度ではありません

ここも押さえておきたいところです。

基本的には、虐待を行った職員を罰することを目的としたものではなく、保育の改善を目的とするものであることから、各施設、各自治体におかれては、その趣旨を十分に理解の上、必要な対応を行っていただきたい

そして、改善のしかたも個人に寄せない方向で書かれています。

個別の事案だけに焦点を当てた改善の検討を行うのではなく、その背景にある原因を理解した上で、保育所等の組織全体として改善するための方法を市町村等とともに探ることが重要である

個人を切り離して終わりにしない。 背景を見て、園全体で直す。国の資料がそう書いています。

明日、確かめられること

  1. 三段階の図で研修資料を作っているなら、作り直しが要ります。 国はその整理をやめました。ただし自治体が従来の言い方を使うのは差し支えない、とも書かれています
  2. 具体例のうち、ネグレクトと心理的虐待だけでも読んでおく。 「放置」「見て見ぬふり」「感情のままの叱責」が例に入っていることは、知っているかどうかで行動が変わります
  3. 園の相談先と、自治体の窓口を両方確認しておく。 園が動かないときに直接相談していい、と明記されています
  4. 昔からの声かけをやめるか迷ったら、言葉の名前ではなく、強さ・回数・その子の様子で振り返る。 ガイドラインの指標は、園での振り返りにも使う前提で書かれています

最後に、いちばん伝えたいことを書きます。

今日のひと言を思い出して不安になっているなら、その時点で、ガイドラインが書いている振り返りをしています。 ガイドラインが問題にしているのは、振り返らずに繰り返される日常のほうです。

線が消えたのは、あなたを追い詰めるためではありません。線の内側で安心してしまうことを、やめるためです。

なお、「叱らなくて済む環境をどう作るか」という話は別の記事に書きました。個人の心がけではなく環境の側から考える、という切り口です。

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